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東京高等裁判所 昭和31年(行ナ)29号 判決

原告 不二版工業株式会社

被告 小田章一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告及び原告訴訟代理人は本件口頭弁論期日に出頭しなかつたが、その提出した訴状及びその訂正申立書によれば、原告の本訴請求の趣旨は、「特許庁が、同庁昭和二十九年抗告審判第一三一九号事件について昭和三十一年五月二十一日になした審決、及び同年抗告審判第一三二〇号事件について同月二十二日になした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めるにあり、被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めた。

而して右訴状記載の原告の請求原因は別紙記載の通りであり、又之に対する答弁として被告訴訟代理人の主張したところは、原告が登録第二九五三二〇号商標の登録取消請求をした日は昭和二十八年六月二十日、登録第三一九八七〇号商標の登録取消請求をした日は同年九月十二日、右各請求に対する審判のあつた日はいずれも昭和二十九年五月二十日、之に対する抗告審判請求の日はいずれも同年七月三日、前記昭和二十九年抗告審判第一三一九号の審決のあつた日は昭和三十一年五月二十一日、同昭和二十九年抗告審判第一三二〇号の審決のあつた日は昭和三十一年五月二十二日、右各審決書謄本の原告に送達された日はいずれも同年六月十二日である、と附加する外、別紙請求原因に対する答弁記載の通りである。

理由

被告が昭和二十三年四月三十日に本件各登録商標をその権利者であつた訴外ミツワ工業合資会社から譲り受け、昭和二十五年二月二十八日にその移転登録を了したことは当事者間に争のないところである。

而して商標権の移転があつた場合に、その移転の日から一年以内にその移転登録申請がされなかつたときはその商標の登録は審判により取り消されるべきものであること商標法第十四条第二号の規定するところであるが、右の規定は商標の登録上の権利者となつている者が実際上の権利者と一致しない為に生ずることあるべき混乱を防止することをその趣意としたものと解すべきであるところ、右移転登録申請が右一年の期間の経過後にされた場合でも、右申請に基いて移転登録が完了したときは、もはや右の規定の趣意は貫かれ、右商標の登録を取り消す必要は消滅するに至つたものと認められるから、以後右一年の期間内に移転登録申請がされなかつたことを理由として商標の登録を取り消すことはできなくなつたものと解さなければならない。

然らば本件各商標につき前記の通りすでにもとの権利者なるミツワ工業合資会社から被告に対する移転登録が完了している以上、もはや商標法第十四条第二号の規定に基く登録取消請求は許されなくなつたものと言うべく、原告の右登録取消請求を排斥した本件抗告審判の審決は相当であつて、以上と異る見解に立つて審決の取消を求める原告の本訴請求は理由のないものであるから、民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決した。

(裁判官 内田護文 高井常太郎 吉田豊)

請求の原因

一、被告の所有にかゝる本件第二九五三二〇号登録商標は、塗り潰した倒椀状の図形内に原形をとゞめないほどに「不二」の文字を図案化して白抜きに描出し、この図形の下方に「強固」の文字を右から横書して成る商標であつて、その指定商品を第五十一類文房具とし、昭和十一年十二月一日出願、同十二年十月二十日登録されたものであるところ、被告は、この商標権を前主ミツワ工業合資会社から同二十三年四月三十日に譲り受け、同二十五年二月二十八日にその移転登録を了したものである。又、被告の所有にかゝる本件第三一九八七〇号登録商標は、同じく塗り潰した倒椀状の図形内に原形をとゞめないほどに「不二」の文字を図案化して白抜きに描出し、この図形の下方に「強固」の文字を右から横書して成る商標であつて、その指定商品を第五十類、紙及びその製品とし、昭和十二年六月九日出願、同十四年八月十五日に登録されたものであるところ、被告はこの商標権を前主ミツワ工業合資会社から同二十三年四月三十日に譲り受け、同二十五年二月二十八日にその移転登録を了したものであつて、以上の各商標の移転登録は、いずれも商標法第十四条第一項第二号の規定に違反したものである。

二、商標法第十四条第一項第二号の規定は、旧商標法(明治四十二年四月二日、法律第二十五号)第九条第一項第三号の規定を改正したものであり、改正の趣旨は同号違反の商標権移転登録の取消を、特許局長の裁量的行政処分に委せるのは不公正であるとの理由を以て改定し、これを審判請求事項としたものである。従つて、同法第十四条第一項第二号に違反した商標権の移転登録は、これを取り消すべきことが法の本旨としているところである。

三、元来、商標権が営業とともに売買、贈与その他の法律行為ないしその他の処分行為によつて移転された場合、第三者がその移転事実を知了することは容易なことではなく、むしろこれは法律的には不可能に近いものである。即ち、第三者が、かゝる商標権移転事実を知ることを得るのは、たゞ商標原簿の閲覧ないしその謄本の下付にまつの外はない。よつて、当該商標権に対して法的利害関係を有する者は商標原簿に依存して、その商標登録取消審判を請求すべきものであり、これが同条号の法意であることは前述した通りである。この意味よりすれば同条号は一種の制裁規定とも解せられるべきものであり、第三者保護の見地よりすれば、かく解せられるのが相当であろう。

四、然るに原抗告審決及び初審決のように、「商標法第十四条第一項第二号の規定は、商標権の移転があつた場合、その登録手続を速やかに行わせ商標原簿上の記載と真正の権利者関係とを一致せしめて商標原簿の公示力を維持しようとする趣旨である。このような見解からすれば、たとい法定期間内に移転登録の申請が無かつたとしても、その後において登録申請の手続をなしその登録が完了した以上、本条の目的とする商標原簿の公示力は保持されたものとみるべきである。」と解するものとせば法が殊更に本条号の規定を商標登録取消審判請求事項と規定した法意は全然没却されることとなる虞れがある。

果して然りとせば立法上かゝる規定は之を廃止するに若くはないであろう。前述したように、商標権が適法に移転されたか否かは、たゞ当該当事者間に於いてのみ知了される事項であり、広範囲に於ける第三者の、あえて関知領得し得ないところである。所謂、商標原簿の公示力又は公信力維持という見地から考察しても商標権が相続以外の原因によつて移転された場合には、当事者をして法定期間内にその移転登録申請手続を履行せしめることが第三者保護の信義則に適合するものであろう。商標原簿の公示力ないし公信力というのは結局は第三者保護の制度に外ならないのである。

抗告審決及び初審決の趣旨は、たゞ行政的裁量的な誤つた解釈にすぎないのであり、法の適切合理的な解釈ではないと信ずる。

従つて、抗告審決及び初審決は不当かつ違法であり、取り消さるべきものである。 以上

請求原因に対する答弁

一、原告の主張に対する認否

第一項ないし第四項の主張中、本件登録第二九五三二〇号、第三一九八七〇号の各商標が、その主張通りの図形及び文字から成る商標であること、右両商標権がそれぞれその主張日時に被告が前主ミツワ工業株式会社から譲り受け、かつ、その主張日時に移転登録手続を了えたものであること、及び抗告審決初審決においてその主張のような審決のあつたことは、いずれもこれを認めるが、その余の主張は、すべて争う。

二、被告の反対主張

商標法第十四条が、法定期間内に不使用又は譲渡による移転登録手続の懈怠のあつた場合に審判手続によつて当該商標権の登録の取消を求めることができる旨規定していることは原告主張のとおりであるが、同条の法意は商標権者に対し所定の期間内に該商標権を使用すべきこと、譲渡の場合にはその移転登録をなすべきことを、それぞれ督促し以てその専用権を現実ならしめる趣旨に出でたものに外ならない。従つて同条は真実の商標権者が現実にこれを使用しているか又は譲渡の場合その移転登録手続を既に完了している場合は、たとい法定の期間後といえども唯単に期間後の故を以て、その商標権の存在を否定せしめる趣旨の規定ではない。而して、このことは従来学説判例の一致して疑を容るる余地のないところである。

原告の本訴請求は、右と異る見地に立つて独自の見解を展開するものに過ぎないもので、その理由のないことは明瞭である。 以上

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